落語「鋳掛屋」とエコ

二代目・桂小南師匠の落語CD「鋳掛屋」を聞いた。
鋳掛屋なんて前時代的だけど、要するに鉄鍋の修理屋さんだ。
これについて法政大学社会学部の田中優子教授が素晴らしいことを書いている。
江戸時代はほぼ完全な循環社会だった。1960年代の高度成長時代まで、日本は基本的に循環社会であったといえる。
私自身も、くみ取り、肥溜め、紙屑集めや鉄屑集めなどの職業、下駄の歯のすげ替えなどの職人、家庭で行なう着物の生地の洗い張りや、セーターやカーディガンの編み直しという作業を知っている。
修理して再び使うとなると、あまり物を買わなくなる。だからといって、経済が停滞するわけではない。
回収や修理は重要な仕事の分野で、そこで金銭のやりとりがあるからだ。
物を際限なく買えば、たしかに金銭は動くが、生産と廃棄に大きなエネルギーが消費され、環境にその見返りがくる。(小学館「落語・昭和の名人」23号より抜粋)
これは自動車を修理するエコピットヨコハマ玉野自動車に対する応援歌みたいなものだ。感激!
新車に買い換えるのがエコじゃない!長く大切にいい状態で乗り続けるのがエコなんだ!
新車製造の環境負荷に比べると、修理して長く乗り続ける環境負荷はうんと小さいはず。エコ減税は物を大切に長く使うことに向けられるべきなんじゃないの?
ちなみに僕の愛車は平成3年のベンツW124だが、誰もがびっくりするくらい調子がいい。まだまだ乗り続けてやるぞ!
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上は隠居から紙屑を買う紙屑屋 下は鏡を磨く鏡磨ぎ(共に小学館「落語・昭和の名人」23)

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